
本作は3曲入りのミニアルバム(マキシシングル?)
『中絶(1992)』よりも後に発売されましたが、元々は1991年に製作された同名の2ndデモテープをCD化した作品で、ディスコグラフィー上の時系列を考えた場合はこちらを1作目と考えた方が妥当だと思われます。
余談ですがこれ以前に発表された1stデモテープには「黒夢/& Die」の2曲が収録されていました。
僕は聴いたことすらありませんが、もし持っている方がいれば相当なレア物と思われます。
後に
Sads(サッズ)でも活躍することになる清春(Vo)さんが在籍していたバンドとして
黒夢(くろゆめ)というを名を知らない人はそういないと思います。
初期の頃はメタルがかったサウンドにポジパン的とすら言える呪術的な歌詞が絡む暗黒世界を展開し、メジャー進出後は徐々にソフトな見た目に変わりながらキャッチーさを求めるグループへと変貌していきました(個人的には最初の頃の作品しか聴いていないので、メジャー以降のパンクっぽくなったという後期についてはあまりよく知りません…)。
当時よくカテゴライズされていたいわゆる“名古屋系”の筆頭として、また何かと絡みも多かった
L'Arc~en~Ciel(ラルク・アン・シエル)と共に一時代を築いたバンドで、特に初期のダークで陰惨な雰囲気は現在活躍している後続のバンドに計り知れない影響を与えたと思われます。
実際にDir en grey(ディル・アン・グレイ)のボーカル京さん、元Laputa(ラピュータ)のボーカルAKIさんなどは一時黒夢のローディーをされていたこともある方です。
そんな今や若手の見本となった黒夢ですが人に歴史ありとはよく言ったもので、シーンに登場したごく初期の頃は
DEAD END(デッド・エンド)からの影響を言及されたり、“
LUNA SEA(ルナシー)系のバンド”という括りで紹介されているのをよく見かけました。
誰しも独自のオリジナリティを確立するには模倣の段階がある訳で、そういう意味では前述のように先輩バンドになぞっての紹介のされ方は一種の褒め言葉だったのかもしれません。
さて本作は黒夢のディスコグラフィー上最もヘヴィでダークな一枚になっています。
きっと後期からファンになって後追いで本作を聴いた人は「とても同じバンドとは思えん」というくらい音もイメージも違うハズだと思います。
それは
44MAGNUM(フォーティフォー・マグナム)の広瀬“JIMMY”さとしを師匠と仰ぐギタリストの臣(G)のメタリックな部分と人時(Ba)の描くコアな世界観が上手く融合した結果であり、ジャパメタ全盛期をリアルタイムで過ごした二人が作り上げたサウンドだったからこそ、と思います。
そこに絡む陰惨で残酷な詞世界も並みのメタルをはるかに凌駕した壮絶なものがあり、当時は過激を通り越して衝撃的ですらありました。
清春氏の喉に絡みつくような独特の歌唱法(後にヴィジュアル系のボーカルはみんな真似します笑)も当時は斬新かつ画期的で、そのアブない詞世界と粘度の高い歌い方は本当に独自の世界観を打ち出すのに一役も二役も買っていました。
あちこちで鳴るピッキングハーモニクスやバッキバキのギターリフ、うねるベースにタイトでファストなドラムなど音だけ聴けばヴィジュアル系ではなく立派なヘヴィメタルです。
そこに邪教を崇拝してるかのような禍々しい歌詞が加わり、ある意味サタニックメタルの域にまで達しているあたり、
BELLZLLEB(ベルゼルブ)の解散ライブで前座を務めたのも伊達じゃありません。
個人的にはこのヘヴィ路線でもっとアンダーグラウンドな存在でいてくれたらずーっと好きだったのかも知れません…やっぱり臣さんの脱退から何かが変わりました。
…それにしても“中絶”に“生きていた中絶児”ですよ。
他に何か良いタイトルなかったんかい、と思いますし、フェミニストの団体に半殺しにされても文句言えなさそうですが、当時他のバンドと比べてもとにかく強烈なインパクトを放っていました。
正直なところその音を聴くまでは、ロッキンfなどで広告を見る度に「インパクトあるタイトルやったら何でもエエ思たら大間違いやで」と非常に冷やかな感想でしたが(笑)。
友達(特に女の子)には勧めにくいタイトルですし(笑)。
ちなみに何度かプレスされ直している本作、初回は白黒の通称“血のりジャケット”、2ndプレスからは画像のメンバー三人のジャケットになっているようです。
また初回に付属したM-6「鏡になりたい」のCDSは2ndプレスからは6曲目に追加収録されています(元々は臣が以前所属した
GERACEE(ジレイシー)の曲)。
では全曲どうぞ。
個人的に好きなのはM-2「
狂い奴隷」のリフです。
M-5「
親愛なるDeathmask」は某ディルの某曲の元ネタだそうです。
■黒夢/生きていた中絶児(1992)
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